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脳log[20200914]



2020年09月14日 (月) 「見えないものは存在しない」についての面白い比較。■「「見えないものはない」についての考察 | 村中直人の雑記帳」「「見えないものはない」についての考察②ASDとADHDの比較 | 村中直人の雑記帳」■自分の場合。人間とはそのように振る舞うものだという学習の結果としてこの言葉を使っている>20200811。人間を代表する主要なサンプルはもちろん自分自身なんだけど、対象を広くとれば、隠せば見つけられなくなる人がいる、という当たり前のこととして言っている。■注意力と意識とリマインダの話。■たとえば、手が3本必要な状況が発生したとして、片方の手に持っている物を手近な椅子に置くとする。まず間違いなくそれはそのまま置きっぱなしで忘れられてしまう。そういう自分自身との付き合いももうたいがい長いので、今では手を離そうとした瞬間に「あ、これ忘れるやつだ」と気がついて持ち直したり、忘れても大丈夫なように面倒でも定位置に置いて手を空けるようにする(手に持っていた鍵がないとあとで気がついても、鍵の置き場所を探せば見つかる)。常に一部の注意を残しておくような器用なことができない。■たとえば、出かけるときに「あれ買ってきて」と頼まれるとする。必ず紙に書くなどして目に触れるようにしなければ忘れる。必ず忘れる。頼まれたという事実も、何を頼まれたのかも覚えられるけど、帰るまでにやらなければいけない頼まれ事がある、ということが意識に上らない。で、紙に書いた用事をフロントガラスの内側に置いたりします。嫌でも目に入るだろうという考えで。ときどきはその紙に注意が向かないまままっすぐ帰ってきたりするんだけど、不可抗力だからしかたないよね。■「見えないものは存在しないし、目の前にあるからといって見えているとは限らない」■そんなんだからミスの原因は注意力の欠如ではなく必ずシステムや構造、手続きの中に求める。注意をしていれば、ぼんやりしていなければミスをしないはずだ、なんて考えることはできない。それは注意していなければミスをするということだし、自分は必ずミスをするということだから。■これってクリティカルな場面では普通の考えで、プレス機を動かすのに両手が必要とか、(最近では蔑ろにされてるみたいだけど)給油口を開けるのにエンジンキーが必要とか。どんな人間でもバイオリズムの変動はあるわけで、なまじ身体能力が高くて普段苦にしないより常にこういう考えができる方が役に立つと思う(両方持てる人が一番だけど!)。