あたうる限りの努力」という初めて見る表現があって、気持ち悪いなあと思った。それ以前から「
できうる限り」というあまり珍しくない表現も気に入らないと思っていた。だってね、「~しうる」という表現にすでに可能の意味があるのに、~するの部分にできるを当てはめるのは二重表現に思えてくどい。「できる限り」で十分なところでもったいぶって「できうる限り」なんて気取ってんじゃねーよ、という感想が先に立つ。■「あたうる限り」はどうか。これには「できうる限り」の「できる」にさらにもったいを付けて「あたう」に置き換えただけではない悪さを感じる。つまり、「~しうる」に接続するのに「あた(う)」でいいのですか、という疑惑。あたうの「う」と~しうるの「う」の音が同じだから、つい、くっつけちゃったんじゃありませんかという寸詰まりの据わりの悪さ。■「あたう(能う)」について ATOK で明鏡国語辞典を引いたら自動詞五段活用らしい。「~しうる」についても一応引いて、動詞の連用形とともに複合動詞を作ることを確認した。「あたう」の連用形とは何か。「あたい」になりそう? ところで、明鏡で「あたう(能う)」を引いたときにそのものずばりこう書いてあった。「
「能う限り」を「能うる限り・能ううる限り」とするのは誤り」。2つの誤用例のうち「あたうる限り」の方は我が意を得たりでわかる。次に考え得るのは「あたううる」なの? 「あたいうる」の扱いがないのがアリだからなのかそれとも想定外なほど完全にナシだからなのか判断できない。もちろん「あたいうる」が仮に合法でも、気取ってんじゃねーよ、という感想をもつだけだけど。■■■珍しくない表現と問題提起だったらしい。「「あたう限り」? 「あたうる限り」?|NHK放送文化研究所」「「できうる限り」か「できる限り」か | 毎日ことば」「首相演説の「能うる限り」は「能う限り」の誤りでは? | 毎日ことば」 五段活用は五段活用でもワ行五段活用であるらしい。いくつかの活用形がないんだっけ? 連用形がなさそう?